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2006年9月15日 最新医療情報特集記事掲載

 
2006年9月15日最新医療情報特集記事掲載  

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2006年7月19日 リハビリテーションの算定日数上限問題について

 
4月1日の診療報酬の改定に伴い、リハビリテーションに算定日数の上限が定められたため、必要なリハビリテーションが行えなくなるという危機感が高まっています。日数上限をはずせるケースやその方法について、厚生労働省と協議した結果をお知らせします。

1.「除外疾患」に規定されているもの
下記の「除外疾患」に該当し、リハビリを継続することで改善の見込みがあるという主治医の医学的判断があれば、日数上限をはずすことが可能です。特に「障害児(者)リハビリテーション料に規定する患者」の中の「神経障害による麻痺及び後遺症」は非常に広い範囲ですので、そこに該当すると判断すれば、継続できるケースはかなり広がります。しかし、その可否は通常の診療報酬と同様に支払い側の判断です。

算定日数上限規定の対象から除外される疾患(患者)
?失語症、失認及び失行症
?高次脳機能障害
?重度の頸髄損傷
?頭部外傷又は多部位外傷
?回復期リハビリテーション病棟入院料を算定する患者
?難病患者リハビリテーション料に規定する患者
?障害児(者)リハビリテーション料に規定する患者
 ・脳性麻痺
 ・胎生期若しくは乳幼児期に生じた脳又は脊髄の奇形及び障害
 ・顎・口腔の先天異常
 ・先天性の体幹四肢の奇形又は変形
 ・先天性神経代謝異常症、大脳白質変性症
 ・先天性又は進行性の神経筋疾患
 ・神経障害による麻痺及び後遺症
 ・言語障害、聴覚障害又は認知障害を伴う自閉症等の発達障害

2.委員会質疑等を通じて明らかになったこと
?頸髄損傷の程度が、除外疾患の「重度の頸髄損傷」に該当するかどうかは、主治医の医学的判断による。
?口唇口蓋裂は、除外疾患の「障害児(者)リハビリテーション」に該当するので、日数上限はない。
?2か所以上外傷があれば、除外疾患の「多部位外傷」に該当するので、日数上限はない。
?再発した場合や急性増悪した場合は、その時点から日数を数え始める。

参議院議員 足立信也


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2006年6月14日 参議院本会議 医療関連法案反対討論

 
民主党の足立信也です。私は会派を代表し、議題となりました2法案に反対する立場から討論を行います。
昨日、理事会の合意もないまま、委員長から審議の終局が提案され、2法案は委員会で可決されました。審議時間は32時間、多くの国民から非難される中、強行採決された衆議院厚生労働委員会の審議時間にも及びませんでした。
政省令事項は介護保険法改正案の232、障害者自立支援法の201、に比較しても、格段に多い440項目に上ります。その政省令事項に確たる方向性を示すためには、開かれた審議を国会の場で行う義務がわれわれ政治家にはあります。委員長の職権乱用に断固、抗議をいたします。
高齢化が進展する一方で、厳しい財政状況の下、保健・医療・介護を効率的・安定的に国民に提供していくにはどのようにすればいいか、 これを内政上の最重要課題とするOECD加盟国は1昨年5月に保健大臣会合を開き、詳細なデータの収集と分析を行い、『世界の医療制度改革』という本を刊行致しました。
川崎大臣は昨日の委員会でこの『世界の医療制度改革』は読んだ事がないと答弁されました。日本国民にとって最大の関心事である、この重要課題に世界がどのように立ち向かい、反省をし、どんなアクションプランを描いているか、関心すら示さないということは、由々しき自覚の欠如と断ぜざるを得ません。
世界一の医療制度と評価され、世界一の健康寿命・平均寿命を達成した今日の日本。 これは医師を初めとする医療従事者と患者・家族との間で培われた、確かな信頼関係の中で成し遂げられたものです。 しかしながら、「最善の医療」を受けるのが難しいばかりか、生命すら脅かされるような危険が日常的に生じているのはなぜなのか、8割を超える国民が不満を抱く理由は何なのか・・・。
今こそ、“必ず最善の医療が受けられるという安心”を国民の心に取り戻さなければなりません。 この問題の本質に手をつけないまま、財政的観点からのみ医療費を削ろうとする、これが「医療制度改革」に対する政府の姿勢であり、このままでは医療が守るべき国民の命を削ることになりかねません。
命の値段は削れないのです。
以下、主な反対の理由を申しあげます。  まず、健康保険法等の改正案についてです。
推計を繰り返すたびに下方修正される医療費の将来推計値。政府の推計は1995年から99年まで5年間の、1人当たり医療費の伸びを前提に、人口構成の変化を考慮して推計したとされます。すなわち、高齢者は3.2%、一般は2.1%の伸びということです。 しかしながら、これには恣意的な補正が加えられ、高齢者0.9%、一般0.5%の水増しをしているのです。 まさに、偽装医療費推計値です。
この水増しがなければ、2025年度の医療給付費は47兆円となり、今回の医療給付費抑制策の成果と、ほぼ同額となります。 根拠のない作り話といわざるを得ません。
現行の老人保健制度では、現役世代と高齢世代の費用負担の関係が不明確であること。 医療費の支払いを実施する市町村と、実際の費用を負担する保険者が全く別々であるため、財政運営の責任主体が不明確であること、等の批判があります。
これを受けた今回の提案でも、現役世代は後期高齢者医療制度への支援金、前期高齢者医療費調整のための納付金、そして今後、実質的には十数年間も存続することとなった退職者医療制度への拠出金と、結局は三種類の負担金を支払うこととされ、老人保健法の基本的な構造は何ら変わっていません。
さらに、今回の改正は現行の老人保健法に基づき、国及び地方公共団体がこれまで担ってきた住民の健康の保持・増進を目的とした保健事業を実施する責務を、こともあろうに削除してしまいました。
高齢者医療制度の根幹に、医療費適正化計画の策定、実行、評価のプロセスが組み込まれていることが、ある意味、最大の問題点であると言えます。 新たな制度は高齢者にふさわしい医療を適切に提供し、それに要する費用は国民全体が支援するという理念。言い換えれば、高齢者医療を主な標的として、医療費の適正化、イコール医療費の抑制を図るための仕組みとして機能することになるのではないですか。
高齢者にも原則として若年の現役並みの自己負担と、加えて療養病床における居住費・食費の自己負担を求めるなど、高齢者及び家庭を直撃する内容です。日本銀行の「家計の金融資産に関する世論調査」によれば、2000年以降、20歳代から70歳代以上のすべての年代において貯蓄のない世帯が増加しております。高齢者もやはり、貯蓄を取り崩すことによって自らの生活と健康をやっと守っているのです。
一人ひとりの状態に合わせ、自己決定に基づいたtailored medicineが世界共通の言葉となった今日、高齢者にふさわしいという言葉で、望む医療が受けられなくなることを、断じて容認するわけにはいきません。
次に医療法等の改正案についてです。
 世界は医療費抑制の時代を超えて、評価と説明責任の時代です。医療に対する国民の不満の原因は、「情報の非対称」、「自己決定権が尊重されないこと」、「相談体制の不備」、「医療事故ならびに死亡原因の究明体制の不備」、そして「提供されている医療の質に対する、客観的評価体制の不備」にあります。
この一つ一つを解決することが医療の質を高めることにつながり、「生命の尊厳」と「医療を受ける者の自己決定」の尊重につながります。 政府案は問題点の羅列に過ぎず、具体的な解決策が何一つありません。
国民の求めている医療は、説明する医療です、癒しの医療です。人が人を癒す医療には人材が必要です。日本の医療従事者は明らかに不足しています。
医療従事者の責任感と使命感に基づいた、献身的な努力のみに頼ることはもう限界に達しています。決定的な崩壊を迎える前にわれわれは安心・納得・安全の医療を実現しなければなりません。
医療・教育は社会全体にとって共通の財産、すなわち「社会的共通資本」です。われわれの財産である日本の医療が市場原理によって左右されてはなりません。
今、日本は「希望格差社会」とも「健康格差社会」とも呼ばれています。
その共通の財産を享受する機会に格差が生じているのです。
医療の世界において、結果の不平等を是認し、失敗しても再挑戦の機会があればよい、と強弁するわけにはいかないのです。医療における機会の不平等は多くの場合、再挑戦の機会を奪い、生命をも奪うことを意味します。取り戻すことができないのです。
人為的に医療費を削減することによって、医療の質の低下を招き、人材の確保・離職の防止が困難になり、サービスや革新的医薬品の供給不足に陥ります。
これ以上、自己負担増加を加えれば健康格差を助長します、そして、健康格差に対する公的医療費は増大します。これは冒頭、引用しましたOECDの『世界の医療制度改革』に記された世界の経験則です。日本は、この轍を踏んではなりません。
私達民主党・新緑風会は、われわれの財産である日本の医療をすべての国民が効率的に平等に分かち合える医療改革を目指します。 提出された政府案には断固、反対することを申し上げ、私の討論を終わります。

民主党・新緑風会 足立信也


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2006年4月12日 民主党医療改革大綱NC閣議で承認

 
民主党医療改革基本方針(大綱)  
民主党医療改革3法案概要  
「がん対策基本法案」概要  
「小児医療緊急推進法案」概要  
「医療の安心・納得・安全法案」概要  

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2006年4月7日 代表交代

 
国民の期待感に応える。これは政党の使命であって、その意味において今回の代表選は小沢一郎氏に対する期待感に勝るものはなかったと思えます。唯一つ、気がかりだったのは国会途中で方針変更しては党の方針の軸がぶれてしまうという心配でした。特に私の場合、医療改革3法案を提出したばかりでしたので、そのことは代表選前に申し入れをさせていただきました。その点も人事を見て解消された訳ですが、これは新代表と同じ認識だったのだと思います。
さらに一つ認識を共有していると感じた点があります。それは「対案よりも対決」という点です。大分の集会でも何度かお話させて頂きましたが、昨年の郵政民営化法案の審議に対して対案を出さなかったのが悪かったのではなく、将来のあるべき姿を先に示さなかったのが失敗であったという反省です。ですから、今回の医療制度改革においては昨年、「日本の医療のあるべき姿」を示し、今年は将来の医療のあるべき姿のためにここ数年でなすべき「民主党医療改革大綱」を出し、今まさに喫緊の課題として対処すべき3法案を今国会に提出したわけです。政府提出の法案に対する対案という狭い問題意識ではなく、あるべき姿を国民に示したということです。
大分合同新聞をご覧になった方はご存知だと思いますが、小沢新代表には日本の将来像を簡潔な言葉で国民に示してほしいと思います。それは彼の真剣な演説の中にあった『共生』ということではないでしょうか。立場を越えた人と人との共生、人と生物・人と自然との共生でしょう。狭い意味での対案路線は自民党の土俵で戦うということになってしまいます。どれだけ大きな土俵を設定するか、それが対決です。
さあ、メール問題のマイナス地点からやっとゼロへ戻りました。政策と政治活動、このバランスをとりながら、信頼感を築き上げて行きたいと思います。皆さんも発信される情報に注目してください。

参議院議員 足立信也


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2006年4月4日 医療制度改革案発表記者会見

 
?「がん対策基本法案」
がん対策基本法案  
がん対策基本法案要綱  
民主党は「がん」と闘う  

?「小児医療緊急推進法案」
小児医療提供体制の確保等のために
緊急に講ずべき施策の推進に関する法律案
 
小児医療提供体制の確保等のために
緊急に講ずべき施策の推進に関する法律案要綱
 
地域の実情とニーズに応じた質の高い安心で安全な小児医療を  

?「医療の安心・納得・安全法案」
医療を受ける者の尊厳の保持及び自己決定に資する医療情報の提供、
相談支援及び医療事故等の原因究明の促進等に関する法律案
 
医療を受ける者の尊厳の保持及び自己決定に資する医療情報の提供、
相談支援及び医療事故等の原因究明の促進等に関する法律案要綱
 

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2006年3月30日 国立環境研究所法への対応

 
反対討論  民主党新緑風会 足立信也

私は、民主党新緑風会を代表して、独立行政法人国立環境研究所法の一部を改正する法律案について、反対の立場から討論をさせていただきます。

平成15年8月、国家公務員の身分を有しない者が担う場合に、どのような問題が生じるのかを具体的かつ明確に説明できない場合、特定独立行政法人を非公務員型の独立行政法人とする事が閣議決定されました。そして、17年6月「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」により、独立行政法人の人件費抑制、運営費交付金等見直しが示されました。本法案はその流れの中で国立環境研究所の職員を非公務員化する法案です。

独立行政法人国立環境研究所は環境政策の企画・立案、各種基準の設定に当たって必要となる科学的基盤を提供することが使命です。その使命を効率的・効果的に果たしていくためにはどのような事業形態に位置づけていくべきかを検討することが独立行政法人改革であると思います。

非公務員化することのメリットは人事交流の活性化であり、デメリットに対しては対応策が見つかったと答弁されますが、本日の審議でも明らかなように○国立研究所から独立行政法人へ移行した後、随意契約件数が増加し、かえって税金の無駄使いが増加したのではないか、
○運営費交付金の削減が目標であったのに雇用保険料・労災保険料を負担し、研究費・人件費を確保すれば、非採算性である環境研究所においてはむしろ経費は増加するのではないか、
○逆に人件費を削減しようとすれば、非常勤・期間付き任用・嘱託等の非正規雇用への移行が進む恐れがあり、不安定な雇用が安定的に進められるべき研究に支障をきたすのではないか、
○さらに、競争的研究資金の獲得に奔走すれば、能力主義・成果主義の大幅導入の可能性があり、研究の質の低下を招きはしないか、
以上のような懸念に対する明確な解決策は示されませんでした。

のみならず、メリットであるとされた人事交流においても、年金制度及び退職金制度において環境研究所と地方自治体、国立大学法人、独法・民間との間の移動は当事者にとっては不利益なシステムであり、インセンティブは働かないと思われます。

政府の掲げる公務員数削減を実現するための数合わせ的な非公務員化には意味はなく、かえって国民の利益を損ないかねません。研究者の使命感が低下することや、これまでの研究成果が流出するなど、国内における環境に対する研究が衰退してしまうのではないかと危惧されます。

事業の性格に応じて組織のあり方や職員の身分を定めるという基本的な観点が欠落しているためであると思われ、むしろ、環境を大切にするわが国、日本の国立研究所であったほうが海外との交流も進み、公務員間のほうが流動性が高いのではないでしょうか。
国の関与等を強化して、国の機関として国民の監視下に置くべきであることを提案し、反対討論を終わります。

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2006年2月3日 アスベスト問題への対応

 
2006年2月3日に、「石綿による健康被害の救済に関する法案」が成立しました。アスベスト問題は現在最も重要なテーマであるにもかかわらず、この法案は衆議院では2日、参議院ではわずか1日の審議で採決されてしまいました。その理由は、政府の不作為責任や被害者救済のみ(総合対策ではなく)を法制化した点、そして、その救済内容自体も極端に貧弱な点を追求されることを恐れたためです。私は政府・与党のこのような姿勢に怒りを禁じ得ず、環境委員会において以下のような反対討論を述べました。

世界中で未曾有の被害を生み続けるアスベスト禍が、我が国でも急速に顕在化してまいりました。数十年にわたり経済発展の美名のもと、深刻な健康被害が指摘されていたにもかかわらず使い続けた代償は、あまりにも大きいと言わざるを得ません。
各国で、政府が糾弾され、原因企業への賠償請求が多発し、解決に向けた取組みが進められる中、対応が遅れていた我が国においてやっと出された本法案ですが、以下に列挙する大きな問題点があります。

第一に、アスベストに接したという実感のないまま健康被害を受けている人々に対する責任の所在がはっきりしていません。影響が明らかでありながら規制が遅れ、国家賠償さえ求められる中、政府の不作為責任には全く触れられておりません。また、公害の場合は原因企業に無過失責任を課す我が国において、過失どころか故意の疑いも禁じ得えないアスベスト問題を扱う本法案が、企業の責任をあいまいにしているのは理解を得られません。

第二に、総合対策がとられていないという点です。民主党はノンアスベスト社会を実現するため、「アスベスト総合対策推進法案」を提出しており、健康被害者への補償以外にも、健康管理・調査、アスベスト製造等の禁止、建築物からの除去、廃棄物の適正処理、建築物の解体時の飛散防止などを定めています。補償のみを取り出して法制化することは、問題を矮小化させ、今後の取り組みを一過性に終わらせる危険性をはらんでいます。

第三に、補償の内容が極端に貧弱という点です。労災補償と比較しても、通院費、就学等援護費、遺族年金がないなど格差があり、支給額も、被害者や遺族の深刻な状況から考えると極めて少ないものです。我が党は、被害者の方へのせめてもの誠意と考え、通院費と就学援護費の給付に絞った修正案を提出しました。是非ご賛同いただけるよう皆様の良心に期待いたします。

最後に、対象となる疾病の範囲が狭いことです。中皮腫と肺癌のみ疾患名が明記されましたが、労災補償で認められている石綿関連疾患を網羅すべきです。この点に付いては共産党から提出された修正案に賛成いたしますが、地方公共団体も応分の負担は負うべきものと考えます。

本法案は、二十一世紀のあるべきノンアスベスト社会を見据えた法案としては極めて不十分であるとともに、労災によりアスベスト疾患に苦しむ被害者でありながら、加害者側の1人であるという思いに苛まれることのない法整備が必要である事を指摘し、私の討論を終わります。

アスベストは、長い年月をかけて我々を苦しめます。1人でも多くの人をアスベストによる健康被害から守れるように、制度設計を考えていきたいと思います。

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2006年 年頭のご挨拶

 
明けましておめでとうございます。2006年(平成18年)の新春をお迎えになられました皆様方に新年の御慶びを申し上げます。
昨年は市町村合併に伴う首長と議会議員選挙、そして総選挙と衆参補欠選挙と選挙続きの1年でした。皆様方には度重なる依頼にもかかわらず、多大なご支援を賜り、誠にありがとうございました。昨年の冒頭、2005年は私にとって勝負の年、信頼を積み重ね、強い組織を作ると書かせていただきました。大変残念な結果に終わった衆議院選挙ではありましたが、大分県におきましては時代の流れ、政権交代への待望感は維持・拡大できつつあると感じております。

古来、日本は国家という概念がなく、郷や藩が‘くに’でした。明治維新を経て、列強からの侵略に対して自己防衛を果たす役割で国家としての連帯感が必要になり、大急ぎで権力を一点に集中した絶対主義国家を作り上げました。その行き着いた先があの太平洋戦争だったと思います。敗戦後、アメリカの庇護の下、自ら市民社会を作り上げるというよりも、許されることなら何でもやっていいという管理下での自由が発展しただけではなかったでしょうか。そこに育ったのは利権であり、‘自分のため’という個人主義です。
戦後60年、この国に権力らしい権力は存在しませんでした。政治はせいぜい調整的機能を果たしているに過ぎません。そして、権力どころか政治そのものが小さくなり、昨年夏ついにゲームになってしまいました。新聞はブームで踊ってしまう大組織だという指摘もあります。利権にのみ左右されていたものが健全な民主主義へ方向を変えるのではなく、権力への後押しを得たと誤解しつつあります。古来一つの権力なり体制なりが自己改革したという例は一つもありません。利権で育ってきたものに権力を与えてはいけないのです。

1800年代後半、第二次産業革命といわれる軽工業から重化学工業への転換がおき、福祉国家政策が始まる。その後、1980年代から重化学工業が衰退し、現金給付による社会保障制度が行き詰まりを見せ始める。この後の方向は福祉国家を捨て去るか(小泉総理の言う小さな政府)、地方に主権を委譲し・市民が権力を握り、自分たちで程よい政府を決定していく社会にするかなのです。
戦後、日本は「富を追求する時代」から「個性重視の時代」を経てきました。私はこれからの時代は「個の成熟の時代」だと思っています。自分を成長させるために勉強する・仕事に励む、人間のつながりを理解するために地域や社会に貢献する、そのような《個の成熟と公共性》が民主主義の基本であると思います。自分たちの手で市民社会をつくる、自分たちのという意識を国民総がかりで建設する必要があるのではないでしょうか。われわれは小さな中央政府、そしてほどよい地方政府を目指しています。

効率的で無駄のない政府は当然のことです。そのためには利権をなくさなければなりません。産業構造の変化から来た社会保障制度の揺らぎ、そして世界で初めに訪れた少産多死社会。政治が新しい制度を作り出していかなければなりません。現実の制度を追従するだけでは負担が増えて、給付が減るのは当たり前です。日本に続いて少子高齢社会が訪れる先進諸国は日本の作り出す新しい制度に期待をしているはずです。
個の成熟を目指した人づくりに資する教育政策、地方主権に基づいた社会保障政策、今年から、そして長い年月をかけて取り組むであろう私の政策目標です。継続しつつ、また新たな努力を加えつつ精進いたします。

終わりに、皆様方のこの1年のご多幸、そして自己の目標達成をお祈りいたしまして年頭のご挨拶といたします。

参議院議員 医学博士 足立信也


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