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2015年10月8日 日本の分かれ道

参議院議員 足立信也

 暑い夏の後は残暑の厳しい所、涼しい所と改めて日本が細長い国土であることを実感した夏でした。その夏の終わりに、今年もまた大きな水害に襲われた地域がありました。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。改めまして平素からの皆様方のご支援に感謝を申し上げます。

 昨年暮れの総選挙で多少民主党の衆議院議員は増えたとはいえ、3年前に比べれば、衆議院は1/3、参議院は1/2です。それでも野党第1党として野党の対応をまとめなければなりません。野党の中には旧自民、親自民の会派も多く、議会運営は困難を極めました。しかしながら最終盤、労働者派遣法改正案のあたりから徐々に野党として統一的な対応が生まれ始め、安全保障法案の審議では5党の野党統一行動がとられ、他の野党3党は自民党の補完勢力であることが明確になりました。

 今通常国会は、18歳選挙権、参議院選挙制度改革、医療保険制度改革(国民健康保険を市町村から都道府県へ)、マイナンバー、刑事訴訟法、労働者派遣法、安全保障法制と極めて大きな、また戦後日本をどのように捉えるか、が問われる重大な法案が多数ありました。紙面の都合上すべてに触れるのは追々にして、9月16日から19日までの4日間の攻防を記憶にとどめたいと思います。

 安全保障関連法案は特別委員会で審議する重要広範議案です。特別委員会は各国会開会ごとに設置される委員会で、本特別委員会は7月24日の本会議で設置されました。重要広範議案は通常、次の順序で進みます。総理入り本会議趣旨説明・質疑→総理テレビ入り総括質疑→地方公聴会(2か所)→中央公聴会→総理テレビ入り締め括り総括質疑→委員会討論・採決→本会議委員会報告・討論・採決です。
 しかし、政府与党はこの慣例を覆す行動に出ました。まず9月15日に中央公聴会を決め、その後、総理テレビ入り締め括り総括質疑・討論・採決という噂が広がりました。総理は衆議院での質疑・説明は不十分、国民の理解は深まっていないと認めていました。にもかかわらず、地方公聴会を割愛しようとしたのです。我々は地方公聴会の開催を強く要望しました。当然です。そして委員長は16日横浜での地方公聴会の開催を決めましたが、同時に横浜から帰った後の総理テレビ入り締め括り総括質疑も決めてしまいました。15日の中央公聴会の公述人6人中4人が安全保障関連法案は憲法違反である、廃案や慎重審議を望む、と意見陳述した矢先です。16日の地方公聴会は委員派遣です。特別委員会委員の半分足らずしか派遣されず、その人しか公述を聞いていません。

 我々は16日の委員会に先立つ理事会の開会を認め、そこで、締め括り総括質疑ではなく、中央・地方の公聴会の公述人の意見を反映させた集中質疑を求めることにしました。しかし、与党は我々が理事会および委員会の開会を邪魔しようと画策していると勘違いしたようです。理事会は16日18時30分頃に開会され、我々の理事は中央・地方の公聴会の公述人の意見を反映させた集中質疑の委員会開催を主張しました。しかしながら、与党の締め括り総括質疑の主張と相いれず、17日午前3時50分に鴻池委員長の決定で、5時間後の8時50分に理事会を再開することで休憩になりました。委員長もさすがに公聴会当日の強行採決ははばかられたように思いました。
 我々は8時30分に集合しましたが(私は1時間の仮眠)、これから理事を理事会に送り出すという時に驚くべき情報が入りました。理事会の開会部屋が委員会室の方に変更され、与党の理事がそこに集まっているというのです。私は理事会室に行きましたが、そこには本日の議案書がきちんと用意されています。「だまし討ち」です。当日の看板架け替えの様子はテレビ放映されました。委員長が強引に委員会開会を宣言したことにより、我々は委員長不信任案の動議を委員会に提出しました。
 動議は優先的に議論されなければならず、委員長に不信任案が出された以上、議事を進行する暫定的な委員長を決める理事会を開かなければなりません。しかし、鴻池委員長はその任にないにもかかわらず、佐藤理事(ヒゲの)に委員長を委嘱すると発言しました。これは認められません。委員長にはその権限がすでにないのです。

 結局、理事会が開会されて17日夕刻、佐藤委員長代理の下で委員会が再開され、不信任案は否決されました。ここで速記が中止され(記録の停止、委員会の中断を意味する)、鴻池委員長が着席しました。総理は退席しました。我が党の福山理事が今後の議事を決めるため鴻池委員長の下、理事会の開催を求めようと委員長席に近づいたところ、委員ではない自民党議員が大量に委員長を取り囲みました。あとは何がどうなっているのか、さっぱりわかりません。
 議事録はどうなっているのでしょうか。速記が中止された以降、再開されていません。記録係の感想がカッコ書きで書かれています。(発言するもの多数、議場騒然、聴取不能)、これが正式記録です。委員会が再開された事実や採決が行われた事実はどこにも存在しません。委員は質問権、討論権、評決権をいずれも奪われました。さらに、地方公聴会の派遣報告もなされず、特別委員会の委員には公聴会の内容すら知らされていないのです。後で親しい自民党の議員に聞いたところによると、打ち合わせでは委員長が委員会再開を宣言し、派遣報告を聞いた後、委員長席を取り囲む予定だったようです。自民党理事の早すぎた「行動指示」によって前代未聞の結果になってしまいました。憲政史上に残る汚点です。

 これを受け、中川議事運営委員長は本会議を開会し、安全保障関連法案を緊急上程して採決することを決めました。山崎議長は委員会での法案採決、附帯決議の採決の報告を受け、是認したようです。この中川議運委員長に対して解任決議案、中谷防衛大臣に対して問責決議案、山崎議長に対する不信任決議案、安倍内閣総理大臣に対する問責決議案、鴻池委員長に対する解任決議案、衆議院において安倍内閣不信任決議案の提出を決めました。山崎議長に対する不信任決議案の趣旨説明は私が行うことになりました。中谷防衛大臣に対する問責決議案の採決までに18日未明となり、山崎議長に対する不信任決議案は18日午前10時からとなりました(私は2時間の仮眠)。安倍内閣総理大臣に対する問責決議案の採決の後、衆議院で安倍内閣不信任決議案の採決、再び参議院で鴻池委員長に対する解任決議案を行い、19日0時10分から安全保障関連法案の討論、採決となりました。

 当初、「15日にも」と言われた本会議採決は19日まで4日間伸びました。この間、連日国会周囲で声を上げ続けられた老・壮・青・学生・高校生の皆さんに力をいただきました。彼らはこれが真の民主主義のスタートだと位置づけています。7月15日、早稲田大学鵬志会主催のシンポジウム「18歳投票権フォーラム」に民主党代表として参加した際、学生の一人がこう質問しました。「我々は政治に参加する責任があるし、興味もある。しかし、学生時代の政治活動が就職試験にマイナスの影響がないでしょうか?」。
 私はこう答えました。「50年近く前、学生運動が国民に嫌悪され、その後タブーとなった原因はその結末の悲惨さにある。自らを客観視する視点に欠け、組織の維持という内向きの方向に走り、それは殺人さえ伴った。しかし、初期のころの活動は国民の理解も得られ、その後の日本の中心人物も多い。何のために自分は行動しているのか、という視点を常に持てば結論を間違えることはないと思うし、企業もそのような人物を重要視するはずだ」。
 シールズ(SEALDs:Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)の行動が我々のみならず同世代の学生や若者に責任感と勇気を与えたと私は信じたい。その思いをくみ取れる政治家であり続けたい。



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